兎屋ブログ(2026年3月8日)に掲載の記事。
その後調べていると「紙」にたどり着いたので、備忘録としてインスタグラムに上げて置きます。


先日、偶然見つけた富士市間門の道しるべに刻まれていた文字「てえしやば」から、明治23年(1890)富士市鷹岡の富士製紙に設置された、米国製抄紙機が繋がったのです。
※聞き慣れない言葉⋯見慣れない字面「てえしやば」が、数日間頭から離れませんでした。

「てえしやば」とは、富士製紙スタートと同じタイミングで明治23年(1890)開設された富士馬車鉄道のある停車場。この道しるべからだと新橋停車場のようです。
※富士宮市立中央図書館作成のPDF資料に詳しく書かれていました。
※富士市の「広報ふじ 705号 富士の民話あれこれ」にも説明がありました。
富士馬車鉄道は、鈴川駅(現 JR吉原駅)〜新橋(吉原地区)〜伝法〜入山瀬(富士製紙)〜天間〜大宮(富士宮)間に敷設されていた馬車鉄道。
主要目的の一つに、近郷(主に富士宮地区)から富士製紙への原料搬入と紙製品出荷の為の(東海道線本線鈴川駅へ)物流経路確保。旅客と言うより貨物優先です。明治期の日本のイブキを感じます。
※兎屋ブログ2023年10月10日「夜明けの像 2023」には、夜明けの像について書いています。明治期、静岡県富士郡に近代紙産業の種が蒔かれ、昭和27〜28年の紙バンド誕生に繋がっています。