「しっかり」って便利ですか?

「しっかり」が気になり始めたのは2010年か2011年かな?まだ高知県で充実の移住生活を楽しんでいた時でした。

その頃から政治家や官僚達の選挙演説・インタビュー・答弁でしばしば聞くようになったのです。それまで日本人はそれほど「しっかり」って単語は使っていなかったと思います。

すると気になってしまい、自然に「しっかり」がしっかり耳に止まるようになり、同時に日本中に広まって行く気がしていました。言葉とはそういうモノですからね。

試しに「しっかり」を使用している文章から「しっかり」を引き算してもしっかり意味は通じます(笑)むしろ余分な「しっかり」が少ないのでシンプルです。

でも最近の日本人は「しっかり」を多用するのです。それは、これからやろうと思う事へのまぁまぁな意志表示、あるいは会話のなんとなくスムーズな着陸など「しっかり」は便利な単語です。

因みに私(1959年生まれ)が「しっかり」って単語を意識したのは、小学生の頃に覚えた旧軍軍歌「戦友」の一節 4番♪~「しっかりせよ」と抱き起し~でした。

隣で戦っていた戦友が倒れ、駆け寄った兵士の思はず掛けた言葉として情景が思い浮かんでいました。戦友に対してしっかりして!と思ったのでしょう。なので今の政治家さん達が軽々しく「しっかり」を連呼・使用しているのを聞くと、日露戦争で倒れた英霊に対し申し訳なく思います。

この数年、国中で使用頻度に拍車の掛かっている「しっかり」という言葉。聞く度に空疎な感覚に捕らわれ、嘘をついているのかな?いや「しっかり」やろうと思っているんだろうけど、今このインタビューや話を早く切り上げたくて着地点探しているのかな?と思って聞いています。

今では政治家から役人、スポーツ選手、アナウンサー、街頭インタビューの人々、驚いた事に小学生にまで広がっていて力が抜ける思いです。そして油断していると私まで「しっかり」に引き込まれそうになります。

そして、つい「しっかり」を使ってしまった時はわざわざ言い換えしたり、他の単語を使って見たりします。でも周りはどんどん「しっかり」族になっています。

でも良い事もあります。「しっかり」って単語を(たぶん無意識に)使っている人を見た時、私はその方を直視し、何を言いたいのか?着陸点探し?など、いつもより思考が働きます。 そう私が「しっかり」して来るのです。

つまり私にとって「しっかり」とは、怪しいタイミングを教えてくれる便利な単語となっています。さて今日も「しっかり」が沢山耳に入るかな♪

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