廃道マニアになる 2009

気候の良い季節こそオートバイツーリングなのですが
1957式は手元になく、実は静岡県富士宮市富士山麓のとある工場で眠っています。友達の力を借りてチョッパーにしようと、すべての部品を取り外し、現在フレームだけになっています 。オートバイ熱も以前ほど無く友達もマイペースなので本当はこの夏仕上がりの予定だったのが、まず今年中に1957式に乗る事は無いでしょう。しかし仕事中心の生活をしているので焦る事はほとんどなく「まぁいいか」で過ごしています。たまに国道を気合いの入ったハーレーが走ると血が騒ぐのですが、いずれまとめて借りは返す積もりなので、それ以上バタバタしていません。

ウォーキングを初めてすぐに歩くのが面白いと言う事に気付き、さらに自分に合っていると感じた頃からオートバイ熱が冷めた事は事実で、確かにオートバイは今でも好きなのですが、ホントはオートバイで方々旅する事が好きだったようで、ならば歩いて旅するのも同じじゃないかと思っています。もっとも、「歩くなんて真っ平!」と言う仲間の方が断然多いのですけどね、と言うか歩くのが好きなのは仲間内で私だけのようです。

今回は大家さんに以前お聞きしていたルートを探検しようと出かけました。家から10分も歩くと尾根に出るような低い山をつないで隣の集落まで行ってみようと思ったのですが、道がわからなくなり断念しました。今は歩く人もいない山道の至る所に畑跡が見られ、古い石垣が積まれています。想像して見ると、山全体が段々畑のようになっているようで、今ほど木も多く無かったようです。

帰りに大家さん宅によって昔の話をして貰いました。炭焼きの話や畑の話、そしてその頃(大家さんの子供の頃の話=1940年代後半~)のこのあたりの景色。私が見て来た廃道の痕跡などをお話すると懐かしそうにその道の話をして頂きました。昭和20年代は山を越えて隣の集落に行くと言う事は、当たり前だったようです。確かに距離は近いので便利だったと思います。現代人にすれば坂道なのでキツイかも知れませんが、足腰の丈夫な昔の人なら楽な道だったのでしょうね。