2009年、まだマイナー手芸だと(私は)認識している「紙バンド手芸」ですが、10年前に比べて見れば、かなり広まっています。しかし他の手芸に比べ歴史は浅く、知名度となると「紙ひも」や「水引」ほど一般的ではありません。紙ひもは生活の様々な場面で見る事が出来ますし、水引は皆さんご存じの通りです。
しかし紙バンドは、1952年頃に梱包用資材としてデビューしたとたんにその地位をPPバンドに追われ、長い間日の目を見なかったのです。その後カラフルな手芸用紙バンドとして1990年代後半に再登場し、今日に至っています。
一見新しい手芸と思われがちですが、実は昭和40年代に愛媛県の紙バンドメーカーさんが独自に開発した手芸用紙バンドを広めようと取り組まれた時期が有り、一時的に(九州や東北地方で)広まっていた経緯がありますが、数年で紙バンド手芸が下火になったようです。
当時は紙バンドなんてほとんど知らなくて、お客さんから「クラフト製米袋の縛り紐に使われています」と説明されてもピンと来ませんでした。それでもクラフト原紙を販売したくてお客さんに通っていたのでしたが、ある日見た、赤や黄色の紙バンドを見てハッとしたのでした。

私 「あれは何ですか?紙バンドですよね」
Aさん「あれは手芸用の紙バンドです。現在〇〇さんへ販売しています。」
私 「いろんな色があるんですか?」
Aさん「12色ありますよ。名前は〇〇クラフトと言います。」
私 「ところで、あのカラー原紙はどこから買ってるんですか?」
Aさん「四国の〇〇製紙さんです」
私 「四国は遠いじゃないですか、ウチでやらせて下さい。ここから5分ですよ」
Aさん「いいですよ、よい紙が出来れば買いますよ」
(紙バンドのカラー原紙かぁ・・・・これは楽しい仕事だ!自分で直接関わって見たいけど、製紙会社の社員では無理な話だ、ならばどうやってこの仕事に関われるか?・・・・・としたら、やはり原紙提供しかないぞ、ぜひウチの会社でカラー原紙を抄いて納入したいものだし、どうせカラー紙を抄くのなら100色抄きたいな、そうだ日本の色シリーズ見たいな紙を抄けば紙バンドも楽しくなるかも・・・・)
一瞬でひらめき、次の日に東京へ出て八重洲ブックセンターで買って来たのが、「日本の伝統色:大日本インキ化学 4,600円」でした。

ところが、自社に戻り、新規事業としてカラー紙を抄く話をすると、会社は(出来ない・やらない)の反応です。不振のクラフト工場を建て直す為に口では「やらないといけないねぇ」と言いながら、あれこれ出来ない理由を見つけて来ます。(やる気のない奴に頼んでも仕方無いな)とすぐに自社に見切りをつけ、紙バンド用カラー紙を作って貰える製紙会社を探し始めました。
私の場合、お客さんが要望する紙が自社に無ければ、他所で探して来て販売すると言う姿勢だったので、すぐに方向を切り替えるのには全然抵抗が有りませんでした。ところがカラー紙を抄く会社が少なく、在っても既にルートが出来ている会社だったり、ロット的に難しかったりという会社ばかりでした。
そこで紙業界の仲間の力を借りてメーカーを探すと言う事で、紙バンド用の紙の実績は無くても、マシン性能から(抄けるかもしれない)と言う会社を説得し、何とかOKを貰いました。しかし、ちょうどこの頃、いろいろな事情が重なって私が製紙会社自体を辞める事になったのです。2001年の春先の話です。