今年初めての「南豫時事新聞 昭和12年4月7日水曜日:第10350號」の解剖です♪こうやってしつこく眺めていると、いろいろ世相が見えて来て楽しいです。今回は一面十一段あたり、かなり下段の掲載記事から興味深い所を選んで見ました。過去数回の堅苦しい記事検証も大切ではありますが、私的には「南豫時事新聞」から当時の風景を読んで見たいと思うのであります。

【東京電話】去る二日荒天に阻まれて九州南方から引返へした東西朝日新聞主催亜歐聯絡記録大飛行の神風號はその後四日間立川飛行場に待機中であったが六日天候恢復の報に飯沼飛行士塚越機關士の両氏は勇躍機上の人となり萬歳の聲に送られて六日午前二時十二分4秒東京ロンドン間一萬五千キロ征空の壮途に上った【六日臺北發】神風號は立川臺北間の第一コース二千二百キロを翔破同日午前九時十四分二十九秒臺北飛行場離陸第二航程ハノイに向け飛び去つた。
子供の頃に読んだ小学生向け歴史図鑑に載っているずんぐりした飛行機の写真?を思い出しました。さし絵だったか?カラー写真(後から色を載せた写真かな)だったか思い出せませんが、その飛行機の名前は「神風号」と言う名前で、・・・・当時軍事マニアというか昭和30年代生まれの私達世代の男子の多くはプラモデル世代でも有り、異常に旧軍の軍艦や飛行機に興味を持っていました・・・・神風って特攻隊の?思いながら説明を読んでいるとどうも違う様子で、飛行機に描かれている旭日旗も軍のそれでは無く、朝日新聞社のマークだと気づき、ちょっとガッカリした記憶があります。まぁ今思えば、特攻の時代は昭和19年~20年なのに対して、「神風号」は昭和12年の話です。その違いが分かっていないという所が(子供)なのでした。

しかし、雰囲気的には、戦争で負ける前の、あるいは戦争が本格的で無い(中国での戦争が始まるのは3ヶ月後の盧溝橋から)一時的に(日露戦争後から太平洋戦争終了時まで)でも、世界の列強国と並んでいた帝国日本の時代であり、国威発揚色の強いこの記事は、「神風号」が歴史となった今でも何故か不安な気分にさせてくれます。いくら気合いの入った文章でも、文字使いでもあまり胸を打たないのです。そしてこの不安な感じは、実は子供の頃に読んだ歴史図鑑の大正から昭和前期のページを眺める度にいつも感じていた感覚でした。なぜだろう?