前日ブログで(わずかな戦争の匂い)と書きましたが、少し整理して置きましょう。
- 1936年(昭和11年) 2月26日 226事件
- 1937年(昭和12年) 4月 7日 南豫時事新聞
- 1937年(昭和12年) 7月 7日 盧溝橋事件
- 1940年(昭和15年) 9月27日 三国軍事同盟
- 1941年(昭和16年) 12月 8日 太平洋戦争開戦
- 1945年(昭和20年) 8月 6日 広島原爆投下
- 1945年(昭和20年) 8月15日 終戦
この羅列以外にも様々な事件や事変が起こっていて、維新から日清戦争までは国内での戦いでしたが、日清・日露戦争以後大正期も含めほぼ10年毎に大陸へ軍隊を送り続けていました。

私が「南豫時事新聞:昭和12年4月7日号」を読んで感じた戦争の匂いとは、1面中段にあった「國軍幹部育成:師団長會議第一日」という記事です。陸軍恒例の師団長會議は六日午前九時陸軍第一會議室に開會・・・・に始まるその記事中、主な列席者の紹介がされていて名前の数々が、戦争が激しくなった昭和18年頃から終戦の頃までの事を題材に書かれた本等に良く登場する名前でした。
終戦(昭和20年8月)にはまだ少し期間の有る昭和12年4月の会議に出席されていたその方達の肩書は、昭和20年頃に比べれば低い位ですが、それでも陸軍中枢に位置する人達で、中には終戦時陸軍大臣をされていた方の名前も見えます。まだ中国と本格的な戦争にはなっていませんでしたが、この会議からちょうど3ヶ月後に盧溝橋事件が起こり、日本の庶民だけでなく東アジアや東南アジアの国々の方達にまで苦しめた戦いが8年も続き、たくさんの悲劇が繰り返された事を思うと、毎年数回の特別な日だけでも、繰り返し歴史を振り返って、戒めて置きたいと思っています。