新宿歌舞伎町は終わり。東京での予定はすべて終わったので荷物をまとめてチェックアウトし、頭上のカラスに注意しながらホテルを出て東京駅へ向かいました。今日一日は仕事しないと決めていて、友達と一緒にかねてから一度行きたいと思っていた横須賀市の三笠公園へ(戦艦三笠)を見に行くことにしました。

友達の仕事はこの時期土日に集中する事が多く、平日の方が休みが取りやすいと言う事なので、わがままを言って付き合ってもらいました。東京駅地下ホームから横須賀線で70分強、特に下調べもせず(三笠公園=横須賀)という事で着いたところがJR横須賀駅・・・・・うん?ちょっと考えていたのと違った雰囲気、どうやら横須賀市の中心は京浜急行の横須賀中央駅のようで、すぐにバスで移動し、まずはドブ板商店街をぶらついて、ついでにメキシコ料理でランチを済ませた後、歩いて10分の三笠公園へ向かいました。
三笠公園は初めてですが、近くにある三笠幼稚園には2002年春に一度お邪魔した事があります。兎屋を始めた頃、紙バンド手芸を広めようと、神奈川県東南部の幼稚園を集中的に訪問していた事があり、三笠幼稚園にも飛び込みで紙バンドの見本を持て行った事が有りました。今から思えば懐かしい思い出です。そこから歩いてちょっとの所に三笠公園が在り、入ってすぐ前方にグレーの船体「戦艦三笠」が見えます。幕末~維新~明治のわが国の歴史の中で、戦艦三笠はひとつの象徴で、単なる戦艦=兵器では無いと思っています。戦艦三笠通して当時の日本の状況を考えて見たいと思ってやって来ました。

明治期の戦艦だから小さいのかなと思って来ましたが、思ったより大きく感じました。船体の長さに比べ幅広いのが当時の戦艦の特徴でずんぐりとした印象です。入場料500円を払って中に入ると真っ先に主砲(40口径12インチ)の横に出ます。この主砲、当時としては最新強力な兵器だそうで、列強国の戦艦主砲は大体このクラスで、この艦砲を搭載する為にこの船体と、防御装甲、推進馬力が必要という事で、戦艦とは大きな大砲を積んで、海上で叩き合う為の船という事です。但し、当時の日本に戦艦を作る技術はなく、英国に作って貰い乏しい国費(税金)から捻出し購入したという事だそうです。
さて、ここからズルズル戦艦三笠の事を書き始めると、昭和20年まで延々書かなければならない羽目になるし、とても私には無理なので、ここで止します。(笑)ただ、普通の戦艦に比べ、特別なものを背負っている戦艦という事は絶対です。