最近愛媛県砥部町へ行く機会が多いです。ややこしいのですが、実家が砥部町に在るにも関わらず、妹と同居の母は妹の家の有る京都と砥部町を行ったり来たりです。どちらかと言えば落ち着いた砥部町の方が良いらしく、私も紙バンドの仕事で愛媛県四国中央市へ行ったついでに砥部町へ寄る事が多く、その場合一泊して母といろんな事を話しています。
思えば引っ越しを重ねている私達兎屋一家ですが、母も妹も、いや父が存命中も含め、いろんな町で暮らして来た家族なので、あっちに引っ越した、こっちで家を建てた、家を買った、売った、家を借りた。という話題は私が子供の頃からいつも家族の話題になっていた事で、この先も不動さんの売買や引っ越しは私も含め暫く続くようです。なので、一所で落ち着いた生活をされている方(多数派ですよね)を見たりすると、うらやましくなったりもしますが、いろんな土地で生活出来るのも贅沢な悩みだと考え、むしろ最近は楽しんでいます。



で、実家で目が覚めると、出発まで何もする事が無くいつもながらのウォーキングと言う事になるのですが、実家と言っても私は住んだことのない土地で、砥部町の事はあまり詳しくしりません。となると大きな道沿いに歩く羽目になり、朝の通勤・通学時間帯ですので、たくさんの車や自転車がほとんど多くは松山方面へ向けて移動しています。
中学・高校時代は松山市に住んでいて、私も学生服で自転車に乗って通学したものですが、それと同じ風景がそこにはありました。高校を卒業してから30年あまり、社会も生活も変わった日本ですが、重信川に掛かる古い鉄橋辺りの通学風景だけはあまり変わっていなくて、懐かしく感じました。もっとも学生たちの中身は、ウチの子供達(高2 中1男子×2)同様、かなり変わっているのでしょうけどね。