無念 2007

お世話になった方の訃報を聞きました。

その方とは、以前勤めていた製紙会社の社長さんで、その報に接した時はご高齢のお父様が亡くなられたと思っていたのですが、気になって念の為確認した所、その方が亡くなられていて、その時は、「あぁ・・・・」という思いでしたが、時間が経つに連れて、いろんな事が思い出されて来ました。

その方と初めて会ったのは、私が23歳で社会に出たばかりの昭和57年春(1982年)、小さな紙の代理店に入社し、社会も会社も仕事もさっぱりわからない新入社員時代に連れられて行った関係会社の製紙メーカーでした。私より4歳年上のその方は製紙会社の営業として、まさにバリバリといった感じで、同期入社しその方の下に配属されたN君は毎日叱られていました。仕事はカミソリといった感じで寝技もあわせての営業で、とても私が話しかけるといった雰囲気はなく、その方が私が入社した代理店の担当ではなかったを良い事に、心の中で(絶対に近づかないで置こう)と誓ったものでした。そのかわり、道ですれ違う時などは、出来るだけ近づいて大きな声で挨拶をする事にしていました。今でもその時の光景は覚えています。私が急に近づいて挨拶するものだからビックリしていましたね。

その紙代理店で9年過ごし、いろいろ有って転職したのがその方の一族が経営する静岡県の中堅製紙会社、何故そうなったのか自分でも不思議でしたが、いろいろ有った事を気にしない様子で受け入れて下さった気持ちに応えようと、家内と1歳になった長男を連れて千葉県浦安市から静岡県富士宮市に引っ越したのが平成5年(1993年)。張り切って仕事をしつつ、閑な時はその方と誰もいない事務所で、いろんな話をしたものでした。

2人だけで話してみると、私が長年持っていたイケイケイメージとは違い、やさしく人間臭さを感じた方でしたが、一方では自分の置かれた環境(会社経営の難しさ、特に人間関係で)に対しての鬱積が感じられ、「本当はデパートで婦人服を売っていたかったよ」とか(学生時代のテレビ局でのアルバイトの話)を楽しそうにしていたのが印象的でした。


その会社には平成13年(2001年)春まで在籍していたのですが、ちょっとしたトラブルからその方と話し合いをしていた時に、その方が放った一言に私がキレて「辞めさせてもらいます」と言った事がスイッチとなって退職しました。大きな理由は他に沢山有ったのです。その方は私がアテも無く辞めていく事を気にかけてくれて、私が辞めますと言って、さすがにその夜は全く眠れなかったのですが、翌晩に電話を掛けてくださり、「今からすぐ来い」と言って私を自宅に呼んで、朝まで飲まされました。

その時の、その方の気持は私にはわかっていました。その方はオーナー心得として、辞める人の留意は絶対しないという事をいつも話していたのです。私としては他の主たる理由が有って辞めるわけで、その方の「一言」はスイッチになっただけの思いでしたが、きっと酔いに任せて私が「やっぱり辞めたくありません」と言うのを待っていたのだと思っています。しかし私も頭に来ていたので、出来るだけクールに飲み続け、最後は笑ってお別れをしました。平成13年(2001年)の春でした。その晩その方の言葉で思い出すのは「おまえはサラリーマンよりペンション経営の方が似合ってるのじゃないか?一緒に経営しないか?」とか「おまえが辞めるなんて言うからオレはショックだぞ」考えると切ない言葉です。わたしはその方の言う通りサラリーマンには向いていないと思ってはいましたが、だからと言ってペンション経営も嫌だと心で思っていましたからね。本当はもっと素直に話せれば良かったのでしょう。

今から考えると、余命6年だったのかと思うと複雑な気分です。社の代表で有りながら志を表す事が出来ない環境、子供の頃から決められた道しか無い人生送らされて来たのかと思うと、はた目には優雅に暮らしている様に見えて、その実は家族と社員の為に理不尽の嵐の中で精一杯生きた事を思うと、他の一族や側近連中の顔が浮び憤りを感じます。みんな良い所だけうまく腹に収め、出来ない理由、やらない理由はタップリでしたからね。一体残った連中は何をやっていたのかと思うと無念であり、残された家族の方たちも無念で有ります。

兎屋の仕事はその会社時代に見つけました。当時は静岡県富士市の紙バンド加工会社にクラフト原紙を販売していたのです。その方とは平成13年(2001年)にお別れして一度もお会いしていませんでした。翌平成14年(2002年)に自分で始めた「兎屋」が軌道に乗ったら報告に行こうと心に決めて居て、実は来年あたりを考えていたのです。今ではかなわない事になりました。

近いうちに富士宮市へ行き、関係者の人と、当時の女子社員達と集まってその方を偲んで一杯やろうと考えています。

注)この記事は2007年8月22日(旧)兎屋ブログからの転載です