移住の た16 2007

5回目の高知行きは6月9日神奈川県へ帰って来てからわずか10日目後の6月19日、またも東京フェリー埠頭より19:10出港に決めました。今回は私の宝、例の1957年式を車に積み込んで行きますと言う事でさっさと17日土曜日に積み込みをし高知行きの準備をして置きました。

実は出発前日の18日(日)は友人のF君が遠い所(東京西部地区)から藤沢市辻堂の兎屋事務所に来て、私が仕事で使っているパソコンのリカバリーをやってくれるのです。兎屋のネット環境はこのF君で持っています。兎屋を始める前2001年に、彼の自作パソコンを譲ってもらった事から縁が出来、以来ずぅ~っとお世話になっています。彼に言わせれば「腐れ縁ですから」という事らしいですが、かなりの知識を持っていて押しも微妙に強いので、私も飽きられない様にと、それなりに頑張っては居ます。

このブログ(日記風ホームページ)だって彼の力で改造してもらってるし、もちろんホームページ全般も彼の力がほとんどです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と言う事は?高知へ移住したらどうするの?っと考えては見ましたが・・・・・・・・・・・・・・。今もって結論は出ていません。まぁ成り行きで毎日暮らしています。結局この日曜は21:00過ぎまで頑張って貰いました。パソコンのリカバリーってすごく面倒なんですよ。でもお陰でパソコンが新品見たいになって、サクサク動いてくれます。感謝!

さて、6月19日、前回と同じ様にフェーリーに乗り込み、翌日20日の13:30には徳島港に入港です。有名な徳島ラーメンを食べて、今回も高知県黒潮町まで下道を使い、いつもの駐車場に到着したのは23時過ぎでした。前回と同じ様にニッポン放送を聴きながら寝に入ります。

あまりこういう場面では寝付けないのですが、徳島から下道を使うと疲れてるので、今回もすっと寝入ってしまいました。翌日は6時に起床し、さっそく大家さんちへ向かいます。大家さんは早起きなのでこちらが6時半頃に「M本さん~、おはようございます~」と言いながら入っていっても、当たり前のように対応下さります。大家さんが「家」と工場の補修を指図して貰うことに決めているので、こちらは大家さんと打合せをするだけでよいので助かります。それに大家さんの人柄で仕事が進んでいるので、安心です。

午後から役場に行き、工場の図面をお借りし、工場内見の許可も頂き、大家のM本さんと中に入って、補修に入る前の片付けの打合せをしました。なにせ廃工場なので、機械や棚、大きな机などがそのまま放置されています。ガラスも破れ、電灯も壊れていて、床にガラスが散っています。持って来た1957式は隣でガラス工房を開こうとしているUさんにお願いして預かってもらいました。Uさん(高知県出身)は奥さん(北海道出身)と黒潮町へ移住し、この辺りでは珍しいガラス工房を開くべく、ご自分で工房を作っている真っ最中でした。

また、少し引越し荷物も持って来ていたので、大家さんに手伝って頂き荷降ろしも出来ました。この日は奮発して、黒潮町入野海岸にあるホテルに一泊しました。夜はガラス工房のUさんと一緒に四万十市でおいしい料理を食べたりもし、少しは気晴らしの出来た日でした。

翌日は朝から工場です。ホテルと工場は直線距離で200mです。さっそく9:00に電気屋さんが来、続いて電設工事屋さんも見えました。電設工事とは四国電力から工場までの電路開設です。コレが出来ないと何にも出来ません。電気工事や大工さん、ガラス屋さん、水道工事屋さんは有る程度融通が利きますが、電設だけは四国電力のスケジュールが合わないと工事が出来ないと聞いていたのでちょっとドキドキしていましたが、電設工事屋さんの顔と押しで速めの工事をやってもらえる事になりました。今回の高知での仕事はここまでです。

午後からはM本さんの知り合いの大工のM本さんもやって来て、屋根の補修や部屋の仕切りなどについてお話をさせて頂き、夕方には神奈川に向かって帰る事になりました。帰ろうとすると大家のM本さんが夕食をご馳走して下さるというので、甘えさせていただく事にし、おいしいカツオのタタキ定食を頂きました。

黒潮町を出る頃は雲がどんよりとしていて、陽も暮れかけていました。一時間も走ると隣町の四万十町窪川に着きその頃から雨が降り始め、須崎市から高知自動車道に入る頃には、コレでもか!って言う様な猛烈な雨です。ワイパーを強にしていても前が見え難いぐらいの降りようで、後ほど南国SAで乗せてあげたヒッチハイカーのお兄ちゃん(高知県人)の言う事では、「・・・・高知の雨らしい降り方です・・・・」見たいな事を言ってました。※この日の雨の高速の話はこのブログの2006年6月27日の所に書いてあります。

彼を次のSAで降ろし、私も次のICで下道に降りて、小雨模様の国道を徳島へ向かいます。今回は帰りもフェリーです。フェリーは翌23日の11:30なので時間はたっぷり有ります。夜中に真っ暗な徳島港に着くと、人気の無い堤防脇に車を停め早速仮眠に入ります。早朝に目覚ましを合わせて。何故ならこの日早朝ワールドカップ日本×ブラジルの試合が有るのです。深夜ラジオも対ブラジル戦の話で盛り上がっていて、携帯の目覚ましで起床し、真っ暗でさびしい雨の徳島港で聞いた、ブラジル戦は今でもはっきり覚えています。

5回目の高知行きで、「家」と[工場事務所」の補修手配を終えました。あと1回だけ。7月にもう一度だけ高知に打合せに行けば済むという所まで来ました。

注)この記事は2007年3月1日(旧)兎屋ブログからの転載です