移住の と7 2007

S原さんと四万十市内へ向かう車の中で沢山お話をしました。移住協議会の取り組みの話から始まり、四万十市(旧中村市)の事、四万十川の事、四万十市を取り巻くいろいろな話から、お互いの仕事話や趣味の話、それに私が一番気にしている子供達の進路の話も聞いて頂きました。

S原さんは今までいろんな土地で仕事をされて来て後に、故郷の四万十市で事業をさせて頂いている事に感謝されている方で、しきりに四万十市への恩返しという単語を発せられています。そうやってお話をやり取りしている内に、S原さんと出合った事がこれから移住行動を起こして行く過程で大きな力になってくると確信しましたし、移住後の良き相談相手としても頼りがいのある方だと思いました。どこの骨ともわからない若輩の私と話しているのに、飾った事が少しも無く大きな声で話して下さる雰囲気に大変好感を持たせて頂きました。

さて、市内へ向かいながら車内であれこれS原さんと打合せをしました。すぐに住めない田舎物件が無いにも関わらず移住の日程は決まっていると成れば、(移住物件を四万十市で探し始めたこの日は4月11日、移住予定は7月25日と決めていました。子供達が夏休みに入ってすぐの移住を考えていました。)取り敢えず四万十市内の物件を探し、そこで住みつつじっくり田舎物件を探しませんか?というご提案を頂きました。

S原さんは好きですが、私この折衷案にはあまり乗り気ではありません。昔から折衷案と言う物が嫌いで、だったらやめると判断する場面が多かったのです。しかし、S原さんもいろいろ考えながらの提案です。日も傾きかけた時間帯にあえて反論する気力も無く、車は市内へ入って行きました。

市内に入ると早速S原さんが私の運転する車の向かうべき方向をサクサク指示して来ます。折衷案だろうが無かろうが、移住の為の家を見つけなければならないというS原さんの強い意志を感じます。それと共に移住後の仕事の為の事務所も探しています。狭い道ではS原さんが車から降りて誘導してくれますし、とにかく1軒でも物件を見せてあげようという気持ちが、小走りになりながら私を手招きして頂いているお姿に映っています。普通の不動産屋さんでここまでする人は少ないでしょうし、なによりS原さんは私よりかなりご年配の方です。夕方近くになって昼からの物件めぐりも既に9軒を越えました。詳しく見た9軒以外に通りすがりであれこれ話して頂いた物件もありますし、実は市役所へも挨拶にも行って来ました。気合を入れて四万十市に入った私は疲れて来ました。但しS原さんはまだ元気が残ってるようで

  • S原さん「佐野さん どうしますか?」
  • 私   「・・・ いや 状況はよくわかりました。仕切り直しします。」

夕刻S原さんの事務所で再度打合せです。今回の四国行きは余裕を持って日程を組んでいました。本日4月11日は四万十市で半日物件探し、12日は松山の実家へ戻り休養、そして13日に再度不動産探しを予定していました。ただ予定を組んでいる時の気持ちは、11日でほぼ決めて13日は決定へ向けての打合せに当てる積りでいました。しかし初日11日は物件が見つかるどころか、田舎物件探しの難しさという事の現実を実感させられた日でした。ただ私の気持ちとしては何とかなるという気分はずっと持ち続けて居たし、現実がわかってこそ次の手が打てるとも思っていたので、休養日の12日にすべき事も、現実を踏まえた上でやろうと思っていました。

13日の13時に再会をお願いし、17時ごろS原さんの事務所をで出ると四万十川を遡りながら実家の有る愛媛県松山市へ向かいました。松山市までは意外に時間がかかり4時間の行程でした。その日はぐったりで寝てしまいました。

明けて12日は休養日としていました。しかし何もせず明日四万十市へ向かった所で、状況が変化するとは思えず、こちらで出来る事をして見ようと兼ねて目をつけて居た所へメールを出して見ました。そこは四万十市のとなり、幡多郡黒潮町に有る「黒潮町雇用促進協議会」という組織です。当時高知県の市町村で移住について取り組んでいる所は少なく、わずかに四万十市と大豊町が有るだけでしたが、検索でいろいろ探っているうちに見つけていたのがこのサイトです。特に移住希望者をフォローしているわけではなく、黒潮町に於いて雇用を促進するのが目的の団体です。しかしこの際何でも尋ねて見ようと思い、置かれている状況を説明し、田舎物件を紹介して貰えないかと質問のメールを送って見ました。

すると12日の夕方、黒潮町雇用促進協議会さんから「・・・・3月まではいろいろ物件も有ったのですが、今はお見せ出来る物件はありません・・・・どうしますか?」という様なお返事を頂きました。どうしますか?も何もありません。すぐに、明日13日11:00にお伺いします。物件が無くても構いません、状況をお教え下さい」と言うメールをお返しし、13日11:00のアポイントを取らせて頂きました。松山市から黒潮町までは4時間、6時には出発して置かなくてはならないので、昨日に続き12日も早めに寝てしまいました。

注意:黒潮町雇用促進協議会 2009年現在「黒潮町雇用促進協議会」は移住事業を行っていません。
黒潮町ホームページ http://www.town.kuroshio.lg.jp/ ※お願い:移住の為の物件探し等は個人の責任でなさって下さい。黒潮町では町の方をはじめ皆さん熱心に取り組んでくれますのでつい甘え気分が出てしまいます。役場の方も税金でお仕事をされていて町の不動産屋さんではありません、決してわがままは言わないで下さい。お願いします。

注)この記事は2007年2月5日(旧)兎屋ブログからの転載です