久しぶりに松山市内を歩きました。たまに帰省しても市内まで出ることはまれで、しかも自家用車を利用するので、今回は特にバスで市内に入ったのです。
昔とはだいぶ趣が違った店構えですが、地元人にはおなじみの「かめや」のうどんです。四国といえば「うどん」と言われ、特に讃岐(香川県の旧国名)うどんは広く全国に知れ渡ってますが、「うどん」はもともと日本中で普通に食べられていたもので、秋田県にも有名な「稲庭うどん」というのがありますし、その他、そば、素麺、などは歴史が古く、どれも大陸から伝わってきた外来食品で、それが日本各地で風土や歴史に育まれて今に至ってます。
平地での畑作に適したところでは小麦系麺が、それ以外のところでは主に蕎麦がメインとなり、食されてました。そして時代が下り江戸期において流通が発達するとそれぞれの地方の特産物として江戸、京都、大阪などの集積地に物資が集まると共に、さらに変化をしていった食品です。
代表的なものに、関西の「にしんそば」がありますが、蝦夷地で獲れたニシンが北前航路で関西に集められ、蕎麦の上にちょこんと載せられて出来上がった食品です。そのようなことは各藩の城下町でも同じように行われていたと思われ、特に「讃岐うどん」がどうとかといったものではなかったはずです。
讃岐うどんはおいしいですし、同じようなものが東京でも食べられます。喜多方ラーメンもおいしくて、且つ 全国的に有名で、同じようなものを食べることが出来ます。それらは、全国区で通用するブランドとなってます。しかし、いわゆるB級グルメ的なものは、懐かしく・・・(地理的、時間的に極めて個人的な好みの範囲でのみ成り立つものだと考えます)子供の頃から好きだった商店街のコロッケやいつも取ってる出前のラーメンがこれです。

松山市内に出て、ちょっと小腹が空いたら。市駅地下の「かめや」で「肉うどん」を食べたくなるのが常です。いろいろ他にもメニューがありますが、60%の人は「肉うどん」です。今回は店がきれいになっていて、店員さんもウェイトレス風に成ってましたが、昔は店のおばちゃんがレジのあたりに居て、お客さんの注文を奥の厨房に伝える声が独特でした。
♪「にく 一丁~」この場合の にく の発音は に:より く:が下がります。掛け算の2×9=18の 言い回しの、にく とおなじです。そして 一丁~ も にく の発音と同じような音階で発します。特に最後の ~は間延びして着陸するように消えていくのですが、それが耳に残って、店内の情景がよみがえってきます。
店内には年配の方が多く、一人でいらっしゃってるおじいさんが目立ちます。私の目の先にもお二人のご老人がカウンターに座っていました。愛媛県の老人って独特やなぁと思ってみてると、向って右側の老人(A)が隣の老人(B)に話しかけました。見ず知らずの人に話し掛ける風は最近ではあまり見ませんが、昔はよくあったのでしょうね。
自然に会話が始まります。老人A「どこからおいでんか?」 (おおぉ伊予弁じゃあと思い、耳を立てました)老人B「中島からよ、あんたはどっからぞな」(中島:松山沖の島で最近合併された)老人A「わしは西条よ」ということはAさんはJRで西条市から、Bさんはフェリーで中島からやって来たのです。その後二人は、合併で税金が高くなったとかいろいろ話してましたが、ちょうど私の「肉うどん」が来たので、意識をこれに集中しました。
「肉うどん」は字のごとく、牛肉がうどんの上に載ってるのですが、肉の風味と、ごぼうがぴったりで、たまりません。麺にコシはありません。讃岐うどんのコシが10とすれば、6かな・・・?でもこれでいいのです。かめやの「肉うどん」の麺にコシがあったらまったく違ったものになると思っています。以前家で「肉うどん」を作ってもらったことがありますが、肉が良すぎて「牛肉うどん」になった事があります。その後はウチで「肉うどん」作るときは一番ランク下の牛肉を使うようにしてますが、それでもいまいち味が出ませんでした。 肉うどん:400円 あれ うどんの事しか書けなんだ ぞな・・・・。
注)この記事は2005年10月13日(旧)兎屋ブログからの転載です。
残念ですが、かめやのまつちかタウン店(市駅地下)は2012年頃に営業をやめています。肉うどんはかめやの別店舗でどうぞ。おいしいですよ 2020_4_20